活動報告

2021.03.27
◆ 第9回 研究会の開催

ダンテ没後700年のダンテの日(3月25日)にちなんでという訳ではないのですが、ダンテ『神曲』が専門の原さんがメンバーであるオペラ台本研究会では、やはりダンテの話題になりました。とはいえ『神曲』そのものの話ではなく、オペラと関連のある話です。
 
プッチーニのオペラ《ジャンニ・スキッキ》(台本はフォルツァーノ)が「地獄篇・第30歌」に出てくるエピソードであることは、皆さんご存知の通りです。
 


すると残ったアレッツォ人は、震えながら
私に言った。「あの悪霊はジャンニ・スキッキだ。
狂乱の病におかされ、走り回ってはあのように人を壊す」。
 
[・・・]
 
群れの中で最も美しい雌馬を手に入れるために、
己をブオゾ・ドナーティと偽り、
偽の遺言を残してそれを法に則ったものとした」。

[原基晶訳]

 
実際には、1866年にボローニャで出版された『神曲』に収められた14世紀の無名のフィレンツェ人による注釈に多くを負っています(また、1917年ジルド・パッシーニの喜劇『ジャンニ・スキッキ』を参照した可能性も有り)。その注釈では「la migliore mula di Toscana」とあることから「トスカーナで最も優れた雌ラバ」と解釈されます。ちなみにダンテの原文では「la donna de la torma(直訳すると馬・羊などの群れの女主人の意)」となっています。
 
「馬」でも「ラバ」でも同じじゃないか、と思われる方も多いかもしれません。ただ、このような解釈の違いを単純な誤訳と片付けるのではなく、なぜそのような解釈が存在するのか・するようになったのかを限られた時間の中で突き詰めて行きました。(早く《ドン・パスクワーレ》を読め!とお叱りを受けそうですが)
 
いわゆる古註を念頭に置きながら15世紀のランディーノ版からどのように解釈されていたのかを確認しました。おそらく「ラバ説」が採用されるきっかけとなるのはスカルタッツィーニ、シングルトンによってより広く採用されるようになったようです。これまで専門家や研究者が加えてきた注釈を参照する際に強い味方となるのが「ダートマス・ダンテ・プロジェクト」のサイトです。
 
https://dante.dartmouth.edu
 
オペラ台本を読むために強力な助けとなるトンマゼーオがどのように解説しているかをみると、「雌馬 la cavalla」となっていました。
 
かつては研究者が欧米の図書館を訪れてやっとの思いで閲覧できていたものが、今はオンラインで検索できることに驚くのはもはや私が「昭和の人」だからでしょうか。私たちの歩みはゆっくり過ぎるかもしれませんが、「なぜ・どうして」といった気づきをなかったことにするのではなく丁寧に扱って行ける事が強みとなるよう、4月からも活動を続けて行きます。     

森田学

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