活動報告

2023.09.24
◆ 第31回 研究会報告

9月23日(土)18:00〜20:00、Zoomでのオンライン研究会が開催されました。
今日はリストが作曲した歌曲で扱われている3つのソネットのうち〈Benedetto sia ‘l giorno〉と〈I’ vidi in terra angelici costumi〉の2片を扱いました。
 
Benedetto sia ’l giorno, e ’l mese, e l’anno,
e la stagione, e ’l tempo, e l’ora, e ’l punto,
e ’l bel paese, e ’l loco ov’io fui giunto
da’ duo begli occhi che legato m’hanno;
 
e benedetto il primo dolce affanno
ch’i’ebbi ad esser con Amor congiunto,
e l’arco, e le saette ond’i’ fui punto,
e le piaghe che ’nfin al cor mi vanno.
 
Benedette le voci tante ch’io
chiamando il nome de mia donna ho sparte,
e i sospiri, e le lagrime, e ’l desio;
 
e benedette sian tutte le carte
ov’io fama l’acquisto, e ’l pensier mio,
ch’è sol di lei, sì ch’altra non v’ha parte.
 
 
「ソネットLXI」の脚韻はABBA ABBA CDC DCDとなっています。つまり前半の8行で2種類の音、後半の6行で2種類の音、全部で4種類の音で詩句が紡ぎ出されます。また時制(「現在」「前過去」「近過去」)の巧みな使い方も計算され、語が配置されています。このソネットで重要な表現である冒頭の「Benedetto sia」は受動態の接続法・現在(希求)で解釈しますが、文法上は能動態の接続法・現在+形容詞と取ることも可能です。このあたりについては西本(1981)で述べられています。
2連目と3連目ではそれぞれsiaとsianoが省略されていること、siaとsianが省略されていない1連目と4連目で「讃えられるべき対象」はラウラと出会い、彼女の美しい瞳に囚わたあの日やあの場所と(恋人の名を高める)すべての紙片と(ただ彼女にだけ向かう)思いであり、それらで作品を包み込んでいます。
演奏者として自由に解釈するなら、脚韻(-arte)によって私たちの耳に残された音があたかもペトラルカの「arte」が「自身の詩が恋人の存在を永遠のものにできる」と宣言しているようにも聞こえるかもしれません。また、冒頭の「Benedetto sia」が、ラテン詩や新清体派から続くイタリア韻文の系譜によっても聖母マリアや被造物の歌などに見られる宗教的な面と『カンツォニエーレ』で語られる恋愛でその対象を崇めることでいわば世俗宗教的な面の両面が見え隠れする点も興味深いのではないでしょうか。
まさに、ソネットCLVIでもラウラは「天上の特別な存在(天使の品格 angelici costumi)」と「手に触れることのできる実体としての存在(夢・影・煙さながら par sogni, ombre et fumi)」の2つの面を持って描かれています。
 
音楽大学等(特に声楽作品を扱う学科やコース)でペトラルカの講義(Lectura Petrarce)が無いことが致命的だと日々感じている報告者は、問題提起の意味も込め────誤訳を指摘するためではありません────学生等の演奏会で見かける一般的な日本語訳を見てみました。それらの訳の一例として、おそらく池田廉訳を参考に訳出したものだと思われますが、「あの年 et l’anno」を「あの年」と訳していました。この「に」が入るだけで意味が変わることは原詩を参照していればわかるはずです。繰り返しますが、これが誤訳だからダメだ!と言いたいわけではなく、ペトラルカの用いている技法や表現をより正しく把握するためには詩句の1行1行、語句の一語一語がどのように選び取られ、どのように配置されているかをしり、さらには翻訳の限界を知ることも必要だということです。
ペトラルカの詩を一片じっくり読み込んでみる(文の構造を文法的に考えてみる)と(現在入手可能な)翻訳から自分自身の表現として歌うことの難しさが理解できるはずです。それと同時に、文献学の成果も盛り込まれた注釈がしっかりつけられた翻訳が出版されることも必要だと思われます。
 
次回は、ピッツェッティ作曲の《ペトラルカの3つのソネット》で扱われている3つのソネットを読み込んで行きます。

森田学

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