活動報告

2022.10.08
◆ 第26回 研究会報告

2022年10月8日(土)18:00-20:00
Zoomによるオンライン開催
 
 今月から再スタートした読書会では、ペトラルカ(Francesco Petrarca 1304-74)がイタリア語で書いた叙情詩集『俗語詩断片集(カンツォニエーレ)』(Rerum vulgarium fragmenta [Canzoniere] 1374)を読んで行きます。
 日本におけるペトラルカ研究の第一人者といえば近藤恒一(1930-)や林和宏(1954-)がいますが、彼らのような先人たちの研究の成果の上に私たちは研究を進めることができます。ラテン文学の伝統を引き継ぎ、ルネサンス人文主義の基礎を築いたペトラルカの著作の中心はラテン語によりますが、詩句の音楽性や模倣のしやすさ(?)からヨーロッパ文学や特に音楽や歌に関わる分野に絶大な影響力を及ぼしました。イタリア語ネイティヴであれば<なんとなく>の意味が理解できる反面、精読したり、日本語に訳出しようとすると文法的破格の多さに頭を抱えてしまいます。
 イタリアのオペラ台本や声楽曲の叙情的な表現を理解するためには避けて通れない『カンツォニエーレ』に、オペラ台本研究会では、ペトラルカのラテン語宗教詩を中心に研究する飯嶌剛将(いいじまこうすけ)さんをゲストに迎え、挑戦することにました。
 ダンテ『神曲』とは異なり、ペトラルカ本人の自筆稿が残っている『カンツォニーレ』ではありますが、7・8回の改稿があることから、精読を始める前に参照するエディションに関する知識が求められます。楽譜でも批評校訂版をもとに演奏者がどのように解釈を深めて行くかを決定するのと同じですね。人気のある作品だけに注釈付き版は40近くもある反面、ペトラルカの自筆稿との比較が可能となる校註がしっかりと付されたものは現在のところ2008年にLeo S. Olschkiから刊行されたサヴォーカ編纂のもののみとなっています(専門家でないと読解のために活用するのは難しい)。
 これらの前提となる知識を原基晶さんの司会で確認した後に第一ソネットを読み始めました。まず、ソネット前半の8行が一つの文になっています。冒頭の「Voi」に対する呼びかけ(呼格)であることは理解できますが、文全体の構造が崩れていて、何が・どう崩れているのかを文法的に理解しようとすると一筋縄では行きません。さらに、この「Voi」とは誰なのか? もちろん一般的には「読者 i lettori」ということはわかるのですが、それをあえて疑ってみることで、この作品を「宗教詩として読むか」、「恋愛詩として読むか」、それとも別の意識のもとで読むのか、にも少なからず影響がありそうです。読解を「正誤」の問題として捉え、早く答えを出すことと真逆の時間と頭の使い方をしながらテキストに向き合います。
 このような視点を得た後に音読してみると、errore, amore, pietà, perdono, vergogno (vergogna),pentersiといった言葉が新たな音色を伴って聞こえてきます。また「quand’era in parte altr’uom da quel ch’i’ sono」の部分の大意は「今の自分とは部分的に別の人間だった」ですが、今の自分と「違う部分」と「同じ部分」についても意識が向かいます。これは3行目の「errore」と関係していて、キリスト者でありながら「(神ではなく愛に支配されることで)道を外れた」自分と、そのことを自覚している自分のイメージが立ち上ってきます。
 「Voi ch’ascoltate 読者が聞く」「il suono 音」は「quei sospiri」ですが、清新体派の詩歌では「愛は目から入り、心(臓)を支配すると息が漏れる」ことを踏まえると訳語の「苦しみ」や「ため息」のイメージが深まります。その一方で、「primo giovenile」が言うとことの「若い」とはいつのことか?『老年書簡集』(5-2)の記述によれば「29〜50歳の最初の段階」なので「20代後半」。ラウラと出会った時期とするなら23歳ごろ。一般的な青春時代を指すのであれば10代後半から20代前半となるでしょう。細かいことであり、正しい(?)答えが出ないかもしれませんが、何となくわかったつもりになっていた部分を確認して、考えることが詩を歌い・演奏する音楽家には必要な時間だと思います。
 このように2時間かけてほぼ4行を読み、考えるといった牛歩の歩みですが作品の冒頭で作者の宣言でもある第一ソネットは少なくとも丁寧に読み込んで行きたいと思います。次回は2ヶ月の予習のための時間を取り、12月中旬に開催予定です。日本におけるイタリア文芸のさらなる発展と次の世代への継承を含めてコツコツと活動を進めて行きますので、引き続きどうぞよろしくお願いします。

森田学

 

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